大変だったつわり

唯一食べられるものといえば、ほっかほか弁当ののり弁

想像以上に大変だった妊娠経験についてのことです。

私は結婚したらすぐに子供をつくるんだと決めていたので、結婚して入籍するなり、すぐに妊活をスタートしました。

ようやく妊娠したのは5か月目のことでした。

つわりというものの名前は聞いたことがあったし、姉が出産するまえにご飯が炊けないということも聞いていたのですが大袈裟だなと思うくらいに正直に言えばつわりを甘くみていました。

ところがどっこいです。妊娠して幸せのはずだったのに地獄だったのです。

つわりが始まったのは早くも4週目からでした。私は本当にひどいつわりだったので、ただ家にいて座っている事も出来ないでいたのです。

横になんてなれません。

どうしてたのかというと、座った状態でななめになっていました。

変な光景だったと思います。テレビをつけたら必ず食べ物のコマーシャルが流れます。

特に時期が冬ということもあり、カレー鍋やチゲ鍋といったつわりの真っ只中の私にとっては最悪のコマーシャルを頻繁にしており、それだけを見るだけで吐いていたので、テレビもつけれない・キッチンにも入れない。

ましてやスーパーにも行けない。

そんな状況でした。

一般的にはマクドナルドのポテトやトマトやポテトチップスなら大丈夫とか聞いていましたが、私はどれも駄目でした。

義理の母が気を遣ってくれて、とろろかけ御飯とさんまを用意してくれたのですが・・正直言って最悪でした。

唯一食べられるものといえば、ほっかほか弁当ののり弁でした。

もちろん白身魚の揚げ物はダメでしたが。7,8週になればつわりも落ち着くと言われていたのに、わたしの場合は4週からはじまって7か月になるまで、ずっとつわりが続いたのです。あまりにひどくて産婦人科の先生には「飢餓状態です。

入院してください。」と言われましたが、病院のベッドに寝ている事も出来なかったため入院はせずに、家に帰ってその代わりに毎日栄養の点滴を産婦人科に打ちに行くことになりました。

産婦人科に点滴をうちにいった帰りに道で倒れてしまったこともあったのです。

その際は近くのコンビニの店員さんがコンビニの奥のスタッフルームまで運んで休ませてくれたのをよく覚えています。

7か月頃から少しずつですが食べられるようになり、旦那と二人で最後の旅行も行くことが出来ました。

そこのお料理は、豚しゃぶか海鮮焼きを選べたのですが、私にはどちらも駄目で、旦那が全部食べてくれました。

つわりがひどいと元気な子がうまれるというのを聞いていたので、それだけが救いでつわりを乗り越えました。